戻る

西尾健一 GO AHEAD, HAVE FUN! ライナーノーツ

 13〜4年前になるだろう、イントロがジャズ喫茶の正道を踏み外し、アップライト・ピアノを入れて、ジャムセッションなるものを始めた頃だった。20代前半だった西尾健一は、新宿や銀座街角でのストリート演奏を終えると、稼いだ小金を持って、天才ドラマー古地克成らと一緒に、イントロに飲みに来ていた。ストリート演奏中に、チンピラにショバ代を請求されたんで、蹴飛ばして逃げてきた話や、ジャズ好きのお巡りさんのおかげで、演奏するのを見逃してくれるどころか、聴き入ってくれた話。酔っぱらいのオヤジが、マン札をポイと投げてくれたんで、興奮して演奏が支離滅裂になっちまった話など、バカッ話をしながら、ジャムったものだ。そんなある日、西尾とベースの安ヶ川大樹が言った。

「僕達のバンド、イントロでライヴ演らせてくれませんか?」

 このライヴが、俺には新鮮だった。荒削りなジャズへの情熱が炸裂した初々しいステージ、ひとり一人のみなぎる個性。聴き入る女の子客達の、恍惚とした表情….「こいつら将来大物スターになるな」と俺は直感した。そのメンバーこそ、若き日の井川晃ds、新澤健一郎p、野(埜)村潤ts、そして安ヶ川大樹b、西尾健一tpだ。大物スターとまではいかないが、今では皆、それぞれジャズ界の最前線で大活躍。俺はうれしい、ジャズ屋冥利に尽きる。

 それから10数年。遂にというより、やっと西尾の初リーダー盤が登場。

 随分待たせたな西尾、おめでとう!一杯飲るか?…..

 俺と西尾が、ジャズと酒抜きで、向き合っていたことって,多分ただの一度もない。俺は飲み屋のオヤジで、西尾は飲んべえ客って訳だから、当然か。それにしてもよく飲む奴だ。しばらく前、この盤と同じメンバーで新宿のピットインに、出演したのを聴きに行った。その時の西尾も、ステージで吹けば飲み、飲めば吹きまくるの“ラッパ飲み”状態であった。デクスター・ゴードン顔負けだ。ステージの最後の方は、熱演で顔が赤いのか、ウォッカに火照ったのか、もう分からない。だが演奏は凄かった。己の感性の深淵からの雄叫びを、爆発させようとして、自らの背中を押すように、ついつい酒に手が出てしまうのか….俺は西尾を見ていると、アルコール漬けでボロボロになりながらもジャズ史に輝き,また俺の心にも深く刻まれちまった、素晴らしいが繊細でシャイなミュージシャン達を、つい思い浮かべてしまう。カワイイ彼の愛妻の為にも、そんなボロボロな人生を送って欲しいとは、これっぽっちも思っちゃいないんだけど……西尾には、どこか破滅的なカッコ良さが漂っているのだ。

 かといって彼は、飲みながら高尚なジャズ論を語る訳じゃない。バンドの旅すがらの与太話をしながら飲んで、財布の中身が寂しくなってくると、得意の指相撲でウィスキーを一杯賭けて、隣席のおじさんからオンザ・ロックをおごってもらったり….かわいい奴でもあるのだ。イントロ仲間の“ヤジー”の結婚パーティーでは、お祝いスピーチ替わりにラッパ熱演、大受けだった。とにかく西尾って奴は、カッコつけないカッコイイ九州男子なのだ。だから女にモテる、男にもモテる。西尾親分を信奉する弟分が、少なからずいる。そして彼らのサポートを受けて、このゴキゲンなアルバムは遂に完成した。

 先ず最初に言っておこう。西尾の魅力は,艶やかで暖かな音色。そして人間味溢れてグッとくる、歌心豊かなフレージングだ。後は無い。めくるめくスピードもなければ、超技巧的裏技もない、というより必要ない。ひたすら自分の音楽、美学を正直に歌いあげる…それだけだ。俺はそれがうれしい。本アルバムは曲も自分で書いた。だからジャムの時の演奏とは、別の西尾が聴ける。俺にとっては、それもうれしい。ジャズの過去の遺産に埋没することなく、新しい息吹を、ジャズシーンに吹き込もうとする姿勢が、アルバムから伝わってきて、またまたうれしい。曲紹介は本人に任せ、俺は西尾教にドップリはまった、ナイスガイ“共演信者”達を紹介しよう。

 バリトンサックスは加藤大輔。1976年東京生まれ。それ程大きくない体から、バリトンの大胆なサックスソロが飛び出す。イントロのジャムに遊びに来る時は、アルトを持って来ることが多いが、アルトもバリトンも、しっかりした基礎の上に、自ら築き上げた音楽感と人柄の良さが音色に現れていて、好感度100%。将来大物まちがいない。

 ピアノは奥村和彦。西尾と同じ熊本出身の同世代。94年渡米。NYで、ロイ・ハーグローヴtpらと共演、腕を磨く。帰国後、西日本で活躍していたが、今から?年前上京した。丁度その頃、かみさんの腹が大きくなってきたので、もっとミルク代を稼ごうとジャズピアニストをやっているという、矛盾を孕んだ強者ピアニスト。力強い男性的タッチと、繊細なフレージングが同居する個性派。西尾が惚れ込むのがよく分かる。なぜか皆から大統領と呼ばれ信頼されている。

 ギターは関根彰良(あきら)1978年5月5日生。東大ジャズ研先輩の森田修治tsが西尾バンドに在籍中、そのライブを聴きに行っていて、人生が狂った男。昔イントロで、昼間練習ジャムをやっていた頃、セッションリーダーとして来てくれていたこともある。今は大きく成長した。このアルバムを聴いて、正直俺はびっくりした。何という変貌の遂げようか。一度惚れ込んだモノを、どこまでも追求する彼の姿勢と音楽性は、もっとビッグなギタリストへの道を暗示している。去年の、西尾の結婚パーティーでは、ジミ・ヘン風結婚行進曲を大熱演。会場を湧かせたお茶目っ子でもある。そんな関根が可愛くてしょうがない西尾曰く「関根は、東大を出て、西尾バンドに就職した大馬鹿野郎である」。

 ベースは吉木稔。佐賀県で1973年11月13日生。彼もイントロ練習ジャムでお馴染み。熱く情熱的なベースを聴かせる男だ。ライヴの時、ソロで唸り出すともう手がつけられない。ジャズに血と汗と肉体を注ぎ込む、異常ハイカロリーベーシスト。

 レギュラードラマーは伊藤宏樹。1979年5月10日生。若い奴って驚く程、上達が早い。特に伊藤は、2002年西尾バンドに参加してから、うなぎ登りの成長だ。ジャムの時と違って、本アルバムのような新しい感覚のビートも身に付けた伊藤宏樹、これからの活躍が楽しみだ。西尾曰く「ツラ構えが気に入って、一緒に演奏するようになった」。

 ゲスト・アルトサックスは石崎忍。若手No.1アルト。昔は高校生のぶんざいで、イントロでジャムっていたウマガキ・アルト吹きだった。ボストンのバークリー音楽院卒業後、NYで修行を積み帰国。今では様々なライヴシーンで大活躍、ノリに乗っている。リーダーアルバム『????』も本アルバムと同じwhats new recordsからリリース。阿佐ヶ谷のライヴハウス「マンハッタン」では、ジャムセッション・リーダーもしている。実は俺、時々練習がてら密かに、下手糞ドラムを叩きに、マンハッタン・ジャムに行っているのだが、忍が優しく迎え入れてくれる。ありがとよ、忍。

 ゲスト・ドラマーは古地克成。西尾とは昔からつるんで、演奏活動。天才的なスイング感と暴力的なまでのパワー。そして、圧倒的なエネルギーを聴く者に降り注ぐ、悪魔の神みたいなドラマー。しばらく前までは、高円寺の知り合いのビルの屋上に、テントを張って住んでいたという、とんでもない野郎だが、嫁さんをゲットし、故郷都城に帰って、今ではジャズ飲屋をやりつつ、ドラムを叩いている。古地のタイコがしょっちゅう聴けなくなった昨今、東京には何かが足りないと、時々俺に欠落感を感じさせるくらい、濃い〜ドラマー。時々東京に出てくるので、人生、パワー不足でお悩みの方は、絶対、古地ライヴ聴きに行くべし。

 リーダー西尾健一 トランペットをくわえて1969年熊本県に生まれる。八代第一中学吹奏楽部出身。東海大ジャズ研を、良くも悪くも、他に類を見ない成績で卒業。後、大ベテランから若手まで、様々なミュージシャンと共演。サイドメンとして、藤原幹典ts『張飛』宮地傑ts『ウェザー・アイズ』『フューチャー・スイング』C.U.Gジャズオーケストラ『Use Us』等のレコーディングに参加し大活躍中だが、本アルバムを契機に、活躍の場を一段と広げて欲しい。マイルスのように、才能ある後輩を育てるのも上手い西尾、日本のジャズシーンを、今後もガンガン引っ張って、メチャ面白くして欲しい。

2005年2月14日 高田馬場ジャズ喫茶イントロ店主 茂串邦明 記

戻る